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藍の歴史
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 人が布をまといはじめた太古の昔より、美しく着飾ることは、人間の本能や社会性に深く根ざしていました。
 色は、時に儀式や祭りを彩り、戦においては仲間を識別するため、権力者はその存在を誇示するため、そして何より男女にとっては、自らをアピールするために、地球上のいたるところで、古くより様々な染料や染色技法が、考案されてきました。
 衣食住という言葉がありますが、その「衣」に華やかな色をつけ、まといたい!というのは根源的な願望だともいえるかもしれません。色をつけ、華やかに装う!そう、これこそが文化の原点なのです。


『 布を何で染めるか? 』
 化学の発達した現代では、さまざまな染料が化学合成されていますが、太古においては、植物や土、動物、虫など、ありとあらゆる物をつぶし、混ぜ、火にかけて試したにちがいありません。美しい色を染める「染色する」とは、いずれの時代においても、最先端の科学であり、交易の重要な商品であり、また、秘匿すべき技術でした。様々な工夫の結果、黄色、茶色、赤といった、色が植物から次々に見出されていきます。藍色も同様に様々な植物から見出されますが、濃く鮮明な青を取り出すことは困難を極めます。藍は、その起源をエジプトにさかのぼるといわれますが、世界のあちこちで、有史以前より自然発生的に、藍色を含む植物から、取り出されてきた。というのが実態のようです。
 たとえばヨーロッパではウォード(大青)という藍が有史以前から使われてきましたが、イギリス、フランス、ドイツなどでは、6世紀頃から盛んに栽培され、16世紀には一大産業となっていました。しかし、そのヨーロッパの藍、ウォードもインド藍(マメ科の植物)の輸入が16世紀に始まると、徐々に衰え、18世紀にはほとんど姿を消してしまいます。
 一世を風靡したインドから来た染料、それが「インディゴ」の語源です。時のヨーロッパの国王達は、ウォードを守るためインド藍の輸入を禁止するなどの処置を講じますが、マメ科の植物から沈殿法で作られたインド藍は、インディゴ(藍色成分)の純度がウォードの30倍と高く、鮮やかな青を容易に染めることができ、結果としてヨーロッパ全体を席巻することとなっていくのです。ヨーロッパ、エジプトに限らず、チグリスユーフラテス川流域で栄えたインダス文明からも藍を使った染色の遺構が発見されていますし、紀元前のアンデス文明の遺跡からも藍染めされた布が、発見されています。
 世界の至る所で、遠く古代より「藍」は発見され、人々の文化を彩ってきたのです。


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スクモ作りに使う道具
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徳島県藍住町の藍の館
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藍の館資料館のスクモの俵
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